落ち葉とカミユ

近所の府営団地の桜並木は、春には見事な桜色に染まりますが、その後の桜の花弁、落葉の処理の人々の姿を見ると大変だなと思います。ただその桜の古木も随分と根元から切り倒されていますが。
一昨日の夜から風がやや強く、時折の雨。昨日、自宅前に出てみると、道路には落ち葉がいっぱいでした。その中には我が家由来のものもありますが、多くは隣屋2軒によるものです。昼間は曇天、時々日差しだったので、昼過ぎに出てみると道路は乾いていました。しばらくして掃除しようと出てみると、反対側の隣りの家の娘さんの自動車が私の家の前に停まっていて、中途半端な掃除しかできませんでした。
隣りの家の玄関は私の居間のそば。その後、娘さんが出て行ったのは分かりましたが、私の清潔感は元々低く、一日2回の掃除へとは意識がいかず、放置しました。夕方になって見ると、駐車していたところとそうでないところには明らかな一線が画されていました。
昨夜から今朝にかけては再び雨。風も一時強く吹いたようで、朝の自宅前道路は昨日同様枯れ葉だらけでした。
毎日のように積もる枯れ葉を掃除する。はいてもはいても落ちてくる。
大きな岩を山頂に運ぶけれど、山頂からはまた岩は麓に転がり落ちていく。それを何度も繰り返すというギリシヤ神話の「シーシュポスの神話」を思い出しました。枯れ葉から不条理についてカミユの如く考察するなんて、私は偉い?

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