座間味でダイビング 1日目(2019年3月7日)
昨日は遅い昼食(ソウキ蕎麦)をとったので、午後8時になってから夕食をとりに宿を出た。口は炭水化物ではない軽い肴と、ビールでなく、泡盛でもなく、日本酒を欲していた。
サラリーマン時代は金曜日の仕事を終えてから、会社で着替えて関西空港から飛行機に乗り那覇で一泊して、1便の高速船に乗って座間味に向かい、午前からダイビングというのが常だった。夕食は宿の近くの寿司屋さんというのが確立されたパターンで、年3回だけれど店の人は私の顔を覚えてくれていた。が、10年くらい前にその寿司屋さんは閉店し、サラリーマンを辞めてからは伊丹発の飛行機に乗るようになった。今は付近を歩いて目についた店を利用している。
今の私の口は冷酒を欲している。でも置いている店はなさそうと歩いていたら「寿司」の看板が目に入り、冷酒にありつけそう。暖簾をくぐった。注文は「シャコガイの刺身と板わさに冷酒(八海山)」。大昔(35年くらい前)、座間味の阿嘉島の宿で食べたシャコガイの美味を期待していたらアウト。それは貝幅20~30cmのものだったが、出てきたのは8cmくらいのシャコガイで、肉厚部分がなく、コリコリとした歯応えはなし。でも冷酒のつまみには充分。
お会計をして店を出る時に店主の
「以前にも来てくれましたよね」
「船員会館(私の定宿)に泊まる時には」
と返したが、以前に入った記憶はなし。でも多分、来たんだろうな。
白板に書かれた「本日のお勧め」に「島らっきょ」があったけど、直近の苦い経験故に、「好きなんだけど離れてるんなのさ」と諦めた(この西郷輝彦の「星のフラメンコ」ネタを分かる?)。
天気図は西高東低。東シナ海に高気圧があり、ネットで調べると波が3.5mと高い。高速船が動いていたとしても「海上時化のため」運休だったかもしれない。座間味に向かうフェリーは9:30発。7:30に座間味村のホームページを見ると、既に運航される旨が表示されていた。よかった、那覇でもう一泊なんてごめんだ。
曇天。外海に出ると、波が高く、4階の船室の窓にまで飛沫が打ちつけられていた。船は前後・左右に長い周期で揺れ、時折船底が海面を打つ鈍い音と振動が伝わる。窓の外の手摺りが風をきるヒューヒューという音が絶え間なく聞こえてくる。
私は乗り物酔いの経験はないが、人によっては過酷な状況なのだろう、船員が「必要な方に」とレジ袋を配布していた。
出航して90分で阿嘉島に着いた。読書をしていて気がつかなかったが、陽が射していた。デッキに出るとやはり風は強い。20分ほどで乗客や荷物を乗降させてから座間味島に向かう。移動時間は10分。今回は10日間の滞在。1年のうち、1カ月を過ごす島。
港では智也君が出迎えてくれた。ここのところ、最高気温が18~27℃と日によって差が激しいという。予報では本日の最高気温は18℃、最低気温は17℃だった。水温は22~23℃。24℃以上ならウェットスーツなのだが、ドライスーツで潜ることにした。
今年の初ダイブは貸切で「ボツボツサンゴM」。私しか潜らないというポイントだという。面白いポイントだと思うのだけれど。点在する岩陰には様々な魚のヤングがいた。
だが今回のダイビングは不細工で余裕のないものになってしまい、写真撮影はしなかった。
先ずはうねりが内海にまで達していて、船が揺れる。ドライスーツの中で汗をかきながら機材を装着した。重いと感じるのは私の体力の衰えのせいか。
水中でのバランスが悪く、脚はバタバタとなった。アンクルウェイトのせいと思い、途中でBCDのポケットに移して改善した。これまでずっとウェットスーツの時さえアンクルウェイトをしてきたが、バランスの悪さを感じたのは昨年10月から。今後は足首に巻きつけるのはやめよう。
そして耳抜きの悪さ。これほど耳抜きができないのは久しぶりのこと。なだらかな傾斜を徐々に下っていったので適切な間隔での耳抜きを怠ったのだと思う。それにスギ花粉に痛めつけられた鼻腔の炎症が回復していないのかもしれない。
深場から水深8mくらいまで戻ってきたら、ドライスーツの太腿付近はスクイズ状態で、足先で膨らんだ空気が上半身に抜けない。ドライスーツのブーツの中で靴下を履いた足が空回りしてしまい、フィンキックが効かなくなってしまった。脚が太くなったのだろうか。2世代前のドライスーツでも同じことが起こったので、外から紐でしばって対策をしていたことがある。今回も同様の対処が必要だ。
ということでカメラを持って入ったのに、写真のないブログになってしまった。
追記:2つある洗濯機の一つが新しくなり容量が増えていた(5.5→8kg)。水の溜まりが遅い。
サラリーマン時代は金曜日の仕事を終えてから、会社で着替えて関西空港から飛行機に乗り那覇で一泊して、1便の高速船に乗って座間味に向かい、午前からダイビングというのが常だった。夕食は宿の近くの寿司屋さんというのが確立されたパターンで、年3回だけれど店の人は私の顔を覚えてくれていた。が、10年くらい前にその寿司屋さんは閉店し、サラリーマンを辞めてからは伊丹発の飛行機に乗るようになった。今は付近を歩いて目についた店を利用している。
今の私の口は冷酒を欲している。でも置いている店はなさそうと歩いていたら「寿司」の看板が目に入り、冷酒にありつけそう。暖簾をくぐった。注文は「シャコガイの刺身と板わさに冷酒(八海山)」。大昔(35年くらい前)、座間味の阿嘉島の宿で食べたシャコガイの美味を期待していたらアウト。それは貝幅20~30cmのものだったが、出てきたのは8cmくらいのシャコガイで、肉厚部分がなく、コリコリとした歯応えはなし。でも冷酒のつまみには充分。
お会計をして店を出る時に店主の
「以前にも来てくれましたよね」
「船員会館(私の定宿)に泊まる時には」
と返したが、以前に入った記憶はなし。でも多分、来たんだろうな。
白板に書かれた「本日のお勧め」に「島らっきょ」があったけど、直近の苦い経験故に、「好きなんだけど離れてるんなのさ」と諦めた(この西郷輝彦の「星のフラメンコ」ネタを分かる?)。
天気図は西高東低。東シナ海に高気圧があり、ネットで調べると波が3.5mと高い。高速船が動いていたとしても「海上時化のため」運休だったかもしれない。座間味に向かうフェリーは9:30発。7:30に座間味村のホームページを見ると、既に運航される旨が表示されていた。よかった、那覇でもう一泊なんてごめんだ。
曇天。外海に出ると、波が高く、4階の船室の窓にまで飛沫が打ちつけられていた。船は前後・左右に長い周期で揺れ、時折船底が海面を打つ鈍い音と振動が伝わる。窓の外の手摺りが風をきるヒューヒューという音が絶え間なく聞こえてくる。
私は乗り物酔いの経験はないが、人によっては過酷な状況なのだろう、船員が「必要な方に」とレジ袋を配布していた。
出航して90分で阿嘉島に着いた。読書をしていて気がつかなかったが、陽が射していた。デッキに出るとやはり風は強い。20分ほどで乗客や荷物を乗降させてから座間味島に向かう。移動時間は10分。今回は10日間の滞在。1年のうち、1カ月を過ごす島。
港では智也君が出迎えてくれた。ここのところ、最高気温が18~27℃と日によって差が激しいという。予報では本日の最高気温は18℃、最低気温は17℃だった。水温は22~23℃。24℃以上ならウェットスーツなのだが、ドライスーツで潜ることにした。
今年の初ダイブは貸切で「ボツボツサンゴM」。私しか潜らないというポイントだという。面白いポイントだと思うのだけれど。点在する岩陰には様々な魚のヤングがいた。
だが今回のダイビングは不細工で余裕のないものになってしまい、写真撮影はしなかった。
先ずはうねりが内海にまで達していて、船が揺れる。ドライスーツの中で汗をかきながら機材を装着した。重いと感じるのは私の体力の衰えのせいか。
水中でのバランスが悪く、脚はバタバタとなった。アンクルウェイトのせいと思い、途中でBCDのポケットに移して改善した。これまでずっとウェットスーツの時さえアンクルウェイトをしてきたが、バランスの悪さを感じたのは昨年10月から。今後は足首に巻きつけるのはやめよう。
そして耳抜きの悪さ。これほど耳抜きができないのは久しぶりのこと。なだらかな傾斜を徐々に下っていったので適切な間隔での耳抜きを怠ったのだと思う。それにスギ花粉に痛めつけられた鼻腔の炎症が回復していないのかもしれない。
深場から水深8mくらいまで戻ってきたら、ドライスーツの太腿付近はスクイズ状態で、足先で膨らんだ空気が上半身に抜けない。ドライスーツのブーツの中で靴下を履いた足が空回りしてしまい、フィンキックが効かなくなってしまった。脚が太くなったのだろうか。2世代前のドライスーツでも同じことが起こったので、外から紐でしばって対策をしていたことがある。今回も同様の対処が必要だ。
ということでカメラを持って入ったのに、写真のないブログになってしまった。
追記:2つある洗濯機の一つが新しくなり容量が増えていた(5.5→8kg)。水の溜まりが遅い。
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